研究内容Reserch

熊本大学大学院生命科学研究部 がん生物学分野 

We previously identified receptor tyrosine kinase-like orphan receptor 1 (ROR1) as a target for transcriptional activation via the lineage-survival oncogene TTF-1 in lung adenocarcinoma (Cancer Cell, 2012). ROR1 is necessary to sustain the EGFR survival signaling in both kinase-dependent and -independent manners. ROR1 also sustains a favorable balance between prosurvival PI3K-AKT and proapoptotic ASK1-p38 signaling pathway in lung adenocarcinoma cells (Cancer Sci, 2016). We also identified MYBPH as a transcriptional target of TTF-1 and its ROCK-inhibiting and consequently invasion and metastasis-inhibiting roles (EMBO J, 2012). We therefore proposed that TTF-1 is an enigmatic oncogene that functions as a double-edged sword for cancer cell survival and progression (Cancer Cell, 2013). Recently, we found that ROR1 facilitates the interaction of CAVIN1 and CAV1 at the plasma membrane in a kinase activity-independent manner, which in turn sustains caveolae formation and prosurvival signaling towards AKT through multiple RTKs such as EGFR, MET and IGF-IR, via its scaffold function for CAVIN1 and CAV1 in lung adenocarcinoma (Nat Commun, 2016). These results suggest that the scaffold function of ROR1 is an attractive target for overcoming EGFR-TKI (Gefitinib) resistance due to bypass signaling in lung cancer. We also found that ROR1 as a caveolae-regulation molecule, is involved in cell membrane organization and dynamics.The goal of our laboratory is to understand the molecular pathogenesis of human solid tumor, hard-to-cure cancers, especially lung cancer, and then to translate our findings in order to develop novel strategies for better diagnosis, treatment and prevention.
これまでに私たちは、名古屋大学の高橋隆先生とともに、世界に先駆けてTTF-1により特異的に転写活性化される遺伝子として受容体型チロシンキナーゼであるROR1を同定し、肺腺癌の生存に必須な分子であることを明らかにしました(Cancer Cell, 2012)。またROR1は生存シグナルを維持するとともに、アポトーシスシグナルを負に調節することも分かり、両者のシグナルのバランスを癌細胞にとって有利に制御することが判明しました(Cancer Sci, 2016)。さらにTTF-1は生存シグナルを担うROR1以外にも浸潤・転移に対し抑制的に働くMYBPHという細胞運動に関わる遺伝子も同時に活性化するなど、TTF-1は癌にとって「諸刃の剣」として働くことも突き止めました(EMBO J, 2012; Cancer Cell, 2013)。最近私たちは、ROR1が細胞膜に存在するカベオラ構造の維持を通じて、カベオラに集積するEGFRやMET、IGF-IRなど様々な受容体からの生存シグナルを維持し、肺腺癌の生存を担っていることを見出しました(Nat Commun, 2016)。この結果はROR1を分子標的とすることで、バイパス経路によって生じるEGFR阻害剤(ゲフィチニブ)などの薬剤耐性に関わる様々な受容体の活性化を一網打尽に抑制できる可能性が示唆されました。また今回の発見は、ROR1がカベオラ制御分子として普遍的な細胞膜ダイナミクスに深く関与していることを同時に示すものとなりました。
現在、がん生物学分野では、肺がんを中心に難治がんの発生・進展のメカニズムの解明を目指した研究から、革新的な診断・治療へのトランスレーションを目指した研究まで、多角的に研究を進めております。私たちは、難治がんの分子病態を一つの疾患として総合的に理解するとともに、得られた結果を難治がんの克服につなげることを目標としております。

これまでの研究

肺癌は、我が国を始めとする先進諸国におけるがん死亡原因の第一位であり、依然として典型的な難治癌です。そのなかでも肺腺癌は過半を占め、また禁煙対策が進んだ諸国においても依然として増加傾向にあります。肺腺癌における変異EGFRの発見は、従前の抗癌剤に代わる画期的な分子標的薬治療を可能としました。変異陽性症例の多くは、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)に対して一旦著効を示します。しかし、1年以内にほぼ全例において、変異EGFR遺伝子にさらにT790M二重変異が生じたり、HGFやIGF-IIの過剰発現あるいは、その受容体であるMETやIGF-IR等の受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の遺伝子増幅によって、EGFR以外の他のRTKからのバイパスパスウェイが生じたりすることで、EGFR-TKIに対する耐性が獲得されてしまいます。一方、次世代シーケンス解析の成果は、K-ras変異を除けば、他のALK、ROS、RETの遺伝子再構成等の異常はいずれも1~5%程度と低頻度であり、ドライバー変異を創薬開発の対象とする限り、EGFRに匹敵する分子標的は存在しないことを示唆しております。

そのような状況の中で、以前に名古屋大学大学院医学系研究科の高橋隆先生の研究グループは、TTF-1がコピー数の増加を伴う過剰発現を示し、肺腺癌のリネジ生存癌遺伝子として機能することを、世界に先駆けて報告しました(Tanaka H et al, Cancer Res, 2007)。その後、海外の3つの独立したグループ(CSH研、ハーバード大、スタンフォード大)も同様に肺腺癌における最も高頻度な遺伝子増幅領域の一つがTTF-1遺伝子を標的としていることを報告しました。ただ、TTF-1はサーファクタント蛋白等の発現に直接関わる転写因子として肺の生理機能の維持に必須であるとともに、浸潤・転移に対し抑制的に働く遺伝子も同時に活性化するなど、癌にとって「諸刃の剣」として働くため(Hosono Y et al, EMBO J, 2012; Yamaguchi T et al, Cancer Cell, 2013)、TTF-1の下流で肺腺癌のリネジ生存シグナルを直接担う分子の同定が、創薬開発のためにも待ち望まれていました。

近年、我々は高橋先生とともに、世界に先駆けてTTF-1により特異的に転写活性化される遺伝子として受容体型チロシンキナーゼであるROR1を同定しました(Yamaguchi T, et al, Cancer Cell, 2012)。ROR1が、肺腺癌においてTTF-1によるリネジ特異的生存シグナルを担うことを明らかにし、肺腺癌の生存に必須な分子であることを示しました。さらに、ROR1はSRCと直接結合してキナーゼ活性依存的にリン酸化を行うこと、またキナーゼ活性非依存的にEGFRと直接結合しEGFRとERBB3とのダイマー形成や引き続くERBB3のリン酸化及び、PI3Kの活性化の維持に関わることを示し、詳細な分子機序を解明しました。一方、ROR1はこのように少なくとも2つの経路を介してPI3K-AKT生存シグナルを維持すると同時に、ASK1によるp38を介したアポトーシスシグナルを負に調節することも明らかとなり(Ida L et al., Cancer Sci, 2016)、ROR1は両者のシグナルのバランスを癌細胞にとって有利に保つ働きを担っていることが判明しました。さらに重要なことに、EGFR-TKIに対するEGFRの二重変異の存在や、HGFやIGF-IIの過剰発現あるいはMET遺伝子増幅等の存在の有無等に関わらず、ROR1の抑制はEGFR-TKI耐性肺腺癌細胞にアポトーシスを誘導し、有意に増殖を阻害することを明らかにしました。しかしながら、EGFR以外の様々なRTKによるバイパスパスウェイの活性化にどのようにしてROR1が関わっているのかについては不明なままでした。
肺線がんでのROR1による生存シグナル制御機構
さらに最近、我々は高橋先生とともに、細胞膜にカベオラ構造が形成される上で必須なCAV1とCAVIN1との結合を、ROR1がキナーゼ活性非依存的に両者に対するスキャフォールド蛋白質として機能して、CAV1のライソソームへの移動と分解を防ぐ役割を持つことを見出しました。また、ROR1がカベオラ構造の維持を通じて、カベオラに集積するEGFRやMET、IGF-IRなど様々なRTKからPI3K-AKTへのシグナリングを維持し、肺腺癌細胞の生存シグナルを担っていることを、世界で初めて明らかにしました(Yamaguchi T et al, Nat Commun, 2016)。本研究を通じて、ROR1を分子標的とすることで、様々なRTKの活性化を一網打尽に抑制することが可能であることが強く示唆されました。さらに、今回の発見は、ROR1がカベオラ制御分子として普遍的な細胞膜ダイナミクスに深く関与していることを同時に示すものとなりました。

これまでに得た研究成果は、ROR1が肺腺癌細胞の生存シグナルを維持する重要な分子であること、また、これまでほとんど機能が明らかでなかった同分子の分子機能の解明につながりました。今後はさらに一層ROR1の分子機能の解明と肺腺癌の発生・進展における役割を明らかとすることを目指すとともに、肺腺癌細胞においてEGFR-TKIが抱える臨床的な困難を打破できる、ROR1を分子標的とする独自性の高い革新的な分子標的薬の創薬開発を進めていきたいと考えております。
ROR1によるカベオラ形成を介した生存シグナル制御機構

研究課題(現在の主な研究プロジェクト)

  • 1.肺腺がんにおける内因性微粒子の制御機構の解明
  • 近年、エクソソームと呼ばれる内因性微粒子の存在が注目されており、特に癌や各種疾患における役割が急速に報告されています。その性質や構造から医療分野などで、診断や再生医療、ドラッグデリバリーシステム等、様々な活用法が期待され、また特に血中や尿などの体液から検出されるということで、低浸襲な診断への期待から、がんなどの診断を目的とした研究が進んでおります。

    しかしながら、これほど注目を集め、治療や診断への応用が展開されている中、未だに内因性微粒子がどのように生成され、放出されるのか詳細な分子機序が分かっておらず、さらにはどのように内因性微粒子が取り込まれるのかについても不明な部分が多いのが現状です。エンドソームの基となるエンドサイトーシスはいつどこでどのように起こるのか、また腔内膜小胞の形成はどのような制御下で調節されているのか、など分子機構の解明は、今後の内因性微粒子研究の発展に欠かせない、喫緊の課題です。

    そこで本研究では、これまで誰も明らかにしていないカベオラ制御分子として見出したROR1を基軸に、新しい内因性微粒子のダイナミクス制御の全貌を解き明かしたいと考えております。これまで多くの謎に包まれてきた内因性微粒子の生成・放出、及び細胞内取り込み過程や生理機能、さらには内因性微粒子によるシグナル伝達の分子機序など、肺腺がんを含めた普遍的な癌細胞における多様な機能の分子機序の解明を進めております。

    本研究を遂行することで、前述の詳細な分子機構が明らかになるだけでなく、内因性微粒子による疾患発生のメカニズムや悪性化機構、細胞間のコミュニケーション制御など、がん細胞での細胞外及び細胞内の微粒子ワールドの全貌の解明につながり、さらには内因性微粒子を標的とした新しい診断法や革新的な治療法の開発に結び付けたいと考えております。
  • 2.癌における生体膜ダイナミクス制御機構の解明
  • 最近私たちは、名古屋大学大学院医学系研究科の高橋隆教授とともに、ROR1がキナーゼ活性非依存的に、カベオラ構成分子であるCAV1やCAVIN1と相互作用するスキャフォールド蛋白質として機能することで、カベオラ形成の安定化を促して、カベオラに集積するEGFRやMET、IGF-IRなど様々なRTKの活性化を維持し、肺腺癌細胞の生存シグナルを担っているという非常に興味深い結果を得ました(Nat Commun, 2016)。

    このことから、ROR1がカベオラ形成及び機能を介した癌の生体膜の構造と生理機能を調節する、新たな制御分子であることが想定され、私たちの想像を超えた膜脂質生物学における新たな発見につながる可能性が大いに考えられます。そこで私たちは、ROR1やROR1に関わる新たな分子の機能解析を進めることで、これまで多くの謎に包まれてきた生体膜でのカベオラの詳細な生成過程や生理機能、さらにはカベオラに規定される生存・増殖シグナリングの区画化など、脂質膜としての規則性や多様性、あるいはこれまでにない制御機構の解明を進めております。また細胞内での膜で構成されるオルガネラや小胞などの構造と機能、制御についても、生体膜とがんという観点から、新たなアプローチで研究を行っております。
  • 3.肺がんの分子病因の探索・同定及び制御機構の解明
  • 次世代シークエンサーを用いて癌細胞の全ゲノム解析が容易となり、ドライバー遺伝子や融合遺伝子の発見が相次ぎ、それらに対する個別化治療が行われつつあります。
    これまでに私たちは、リネジ特異的癌遺伝子であるTTF-1が、ROR1遺伝子の転写活性化を通じて肺腺癌の生存シグナルを伝えていることを、高橋隆教授とともに明らかにしてきました(Cancer Cell, 2012)。これらの発見によって、受容体型チロシンキナーゼであるROR1は格好の分子標的であることが分かり、創薬開発に向けての研究に取り組んでいます。
    オーファンレセプターであるROR1は解析当初、殆ど機能が理解されておらず、私たちの解析によって肺腺癌におけるROR1の役割が明らかになってきましたが、ROR1は肺癌のみならず、乳癌や大腸癌、膵臓癌などの固形癌や血液癌において腫瘍特異的な発現を呈する、癌胎児性抗原としての特性を有していることから、肺癌を含む様々な癌で未だ不明な点が多く、私たちがまだ理解していない機能や制御機構が存在している可能性が考えられます。

    そこで現在、私たちは、肺癌だけでなく種々の癌における、ROR1の分子機能の解明と癌の発生・進展における役割を明らかとするため、これまで培ってきた研究手法と解析技術に加え、新しい領域の研究手法を取り入れることで、新たな切り口による研究を進めております。
    また、肺がんにおけるゲノミクス解析やプロテオミクス解析、さらにはメタボローム解析にも挑戦しており、ROR1と同様に重要な機能を有する新たな分子の探索や同定およびその機能解析にも力を入れております。
  • 4.分子標的薬による耐性獲得機序の解明とその克服
  • 肺腺癌は、がん死亡原因第一位の肺癌の過半を占め、禁煙対策が進んだ先進諸国でも増加傾向にあります。EGFR変異例で著効を示すEGFR阻害剤(EGFR-TKI)には、T790M二重変異あるいは、METやIGF-IR等を介したバイパスシグナルによる耐性獲得が避けられず、臨床的に非常に大きな問題となっております。
    これまでに私たちは、ROR1がカベオラ構造の維持を通じて、カベオラに集積するEGFRやMET、IGF-IRなど様々なRTKからPI3K-AKTへのシグナリングを維持し、肺腺癌細胞の生存シグナルを担っていることを、高橋隆教授とともに明らかにしました(Nat Commun,2016)。この結果から、肺腺癌においてROR1を分子標的とすることで、様々なRTKの活性化を一網打尽に抑制することが可能であり、バイパスシグナルによる薬剤耐性を克服できる可能性が強く示唆されました。

    様々な癌で新たな分子標的薬に対する治療抵抗性を獲得した耐性腫瘍が出現していることから、耐性獲得機序の解明とその克服法の発見は喫緊の課題です。
    そこで私たちは、肺腺癌を含む各種癌細胞株を用いて分子標的薬に対して耐性を獲得した新たな細胞株を樹立し、網羅的なスクリーニング等を行うことで、耐性獲得の分子機序の解明について研究を進めております。またこれらの細胞株を用いてin vivoでの解析や耐性克服の検討、臨床データを用いた解析などを行うことで、より効果的な分子標的治療の開発につなげていきたいと考えています。
  • 5.肺がんに対する革新的な治療薬の開発
  • 肺腺癌において、TTF-1は生存シグナルを制御するリネジ特異的癌遺伝子ですが、正常な肺の生理機能の維持に必須であることから分子標的には適さず、肺腺癌のリネジ生存シグナルを担う分子の同定が待ち望まれていました。
    そのような状況の中で、私たちは、TTF-1によって転写活性化されるROR1受容体型チロシンキナーゼが、キナーゼ活性依存的、及び、キナーゼ活性非依存的な分子機序によって、EGFRやMET、IGF-IR等の多様なRTKが伝達する肺腺癌の生存シグナルを維持する非常に重要な分子であることを明らかにしました(Cancer Cell, 2012; Nat Commun, 2016)。

    現在、私たちはAMEDの「次世代がん医療創生研究事業」を通じ、高橋隆教授を研究代表者として、肺腺癌のROR1による生存シグナル維持機構に対する分子標的薬の開発を進めております。名古屋大学、東京大学、理化学研究所、産業技術総合研究所と協力し、ROR1分子に対する低分子化合物や抗体、ペプチド等を利用した、EGFR-TKIが抱える臨床的な困難を打破できる、独自性の高い革新的な分子標的薬の創薬開発を進めています。
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